お役立ち情報 東武東上線沿線情報の記事一覧

紀元前から人が住んでいた土地で、古くは「石成村」と呼ばれていましたが、この地の繁栄に貢献した旧家の墓に「永世年間に田中左京成益が美濃より一族をつれて移り住んだ」ことが記されており、この名前「成益」が「成増」と変化したものと思われます。  
  成増駅北側の駅前は、区民センターや西友も入っているアクトホールのビルを中心にキレイに広がっている。図書館や郵便局、総合病院も近くにある。 坂のアップダウンが多いのはこのあたりの特徴。 南側は、有楽町線「東京メトロ成増」の駅入口までの間を「スキップ村」という商店街がつないでいて、このなかにスーパーやファストフードもあって買い物には便利なエリアだ。    東武東上線成増…

「武蔵国風土記」に「豊島郡荒墓郷荒墓」と記録されているのが、現在の赤塚地区で荒墓が赤塚になったという説と墓塚が赤塚になったという説があります。 700年くらい前は上赤塚・下赤塚・成増・徳丸・徳丸脇・四ッ葉の6ヵ村からなる赤塚郡と呼ばれていたことから命名されました。
   東武東上線の中で各駅停車しか停まらない駅、こぢんまりとした下赤塚。 それでも駅の北側に広がっている商店街「赤塚壱番街」はなかなか活気があるところだ。昔ながらの狭い路地のなかの商店街が夕方になると大いに賑わう。駅の南に少し歩くと、川越街道沿いに有楽町線の東京メトロ赤塚駅がある。このあたりには区営の駐輪場はなくて、民間の業者が駐輪場を設置…

 駅舎は小さいながら、近くにはマイカルサティがドーンと控えている。 ビルの中にはワーナーマイカルやスターバックスなどが入っていて、週末には大変な賑わいを見せる。そのせいで駅の周りの交通はとても激しい。駅横の踏切では、歩行者・自転車・車でごった返すこともあるのだがこれも活気。 駅の南側には2つの商店街が連なっていて、こちらもかなりの賑わいだ。買い物にはかなり便利な街、それが東武練馬だ。
   練馬区が板橋区から分区したのは昭和22年のことで、駅が開設された当時(昭和6年)この地区は東京市練馬といいました。町名の「徳丸」では知名度がないためと、西武鉄道に「練馬駅」があるために「東武」の2字を頭につけて命名…
江戸時代には幕府領で、川越街道の継立場として「上板橋宿」という宿場町として栄ました。中央に石神井川が流れており、丸木橋の多い時代に「板の橋」が架かっていたところから、命名されたと云われます。「源平盛衰記」や「義経記」にも「板橋」の地名が出てくるほど古くから知られた地名です。
板橋駅の階段を降りるともうそこは上板ワールド。商店街の華やかな飾りと個性的な店が出迎えてくれる。南口駅前は車もほとんど入ってこないので、安心して立ち話もできる。退屈しがちな休日も、ほど近い場所にある野球場や、体育館併設の城北公園、さらには区立教育科学館まであるので、心配ない。
●各駅停車駅です。

成増(6分)からは急行、通勤急行…
昭和10年に分譲住宅を建設して売出し、駅を開設しました。駅近くの天祖(てんそ)神社の境内(けいだい)や参道に常盤(ときわ)の木が数多く茂っていたのと、武蔵野台地にあることから、「武蔵野常盤駅」と命名されました。現在の平かな文字に変わったのは、昭和26年のことです。
東武東上線の田園調布として名高いのがこの街、ときわ台。駅を中心に放射状の道が伸びており、駅舎は洋瓦などを使ったオシャレなものになっている。以前は住宅地付近での開業が医院と写真館を除いて禁じられていた名残から、今も数多くの医院が残っている。安心して暮らせる街といえる。

●各駅停車駅です。
成増(8分)からは急行、通勤急行、準急に乗り換えられ…
川越街道の「上板橋宿」と、中仙道の「下板橋宿」の中間に位置するためについた名です。室町時代から戦国時代にかけて、豊島氏の一族板橋氏が存在していたことが、史実に残っていますが、板橋の名は石神井川に架かった橋が丸木橋の多かった時代に「板の橋」であったことがめずらしかったためと思われます。
中板橋商店街では板橋区三大踊りの一つ「へそ踊り」が行われることで有名だ。なんでまた「へそ」かといえば、もちろん、ここが板橋の真中だからなのだ。道はカラー舗装されており、石神井川沿いには有名な桜並木もある。ここでなら陽気で朗らかな暮らしが満喫できるだろう。
●各駅停車駅です。急行、通勤急行、準急などは成増駅(9分)から…

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大正3年に開業した歴史ある駅がココ下板橋駅。朝のラッシュ時には出入口を一つ増やして混雑緩和を図っているほど活気のある街だ。小学校や児童館へ行く子どもたちは道路わきに整備された遊歩道を歩いている。道が細いので車もゆっくりとしか入ってこないし、安心なのだ。子どもにもお年寄りにも優しい、ゆったりとした街だ。
  大正3年に開業した当時に、駅舎の位置が北豊島郡板橋町大字下板橋に近接していたために「下板橋」と命名されたものと思われます。また大字下板橋は大変広い地域で、開業当時の駅の所在地は大字滝野川であったと思われます。
  各駅停車駅です。下りは池袋(3分)まで出て特急、急行、通勤急行、準急に
乗り換えると速い…

北池袋駅は東京大空襲で一度焼け落ち、営業停止になった過去を持つのだ。昭和26年9月1日地元有志の「北池袋駅復活助成会」の手によって復興した。そうした昔の人の努力もあって、今は公園あり子供の遊び場ありの暮らしやすい町として発展したのだ。その名残からか地元自治会の活動は活発で、安全対策も行き届いており、静かで暮らしやすい街なのだ。
各駅停車駅ですが、隣駅の池袋駅はターミナル駅として大変便利です。東武東上線池袋駅からは特急、急行、通勤急行、準急が出ています。
  昭和9年5月に開設された「東武堀ノ内駅」は、第二次世界大戦の東京大空襲で消滅しました。その後昭和22年8月に駅は廃止されました。駅は4年後の昭和…

文化年間の「遊歴雑記」には「当村を池袋と名付けしは往古夥(おうこおびただ)しき池ありしに因るなり」とあり、また新編武蔵野風土記稿には(池袋村は地高くして東方のみ水田あり、其辺(そのべ)窪地にて地形袋の如くなれば村名起りしならん)とあるように、付近一帯が低湿地で、雑木林と池が多いので呼ばれた地名が、そのまま駅名に命名されました。
   城北エリア(練馬・板橋)から、埼玉方面の人々に広く愛されるビッグターミナルが庶民の街、池袋だ。池袋駅にはJR山手線・埼京を中心に、西武池袋線・東武東上線が始発駅として乗り入れるほか、地下鉄丸ノ内線・有楽町線など多数の路線が利用でき、首都圏でも新宿に次ぐ乗降者数となる。…